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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)7974号 判決

原告 入交弘泰

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 池田輝孝

右同 島田正雄

右同 横田聡

被告 昭和石油株式会社

右代表者代表取締役 永山時雄

右訴訟代理人弁護士 梶谷丈夫

右同 松崎正躬

右同 磯辺和男

右同 梶谷玄

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告ら

「原告らと被告との間に雇傭契約関係が存在することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との裁判

二  被告

主文第一、二項同旨の裁判

≪以下事実省略≫

理由

第一本件雇傭契約の成立

原告入交弘泰は昭和一七年一月一二日、同入交寿賀子は同一九年三月一日、同大久保は同二四年四月二〇日、同鳥居は同一七年七月一日、同遠藤は同一八年一〇月一日、同平野は同一九年四月六日、それぞれ、被告会社との間に本件雇傭契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

第二本件雇傭契約の終了

一  合意解約

被告会社は、昭和二五年一〇月二六日、被告会社本社において、原告入交弘泰、同入交寿賀子、同大久保に対し、被告会社品川研究所において、原告鳥居、同遠藤、同平野に対し、それぞれ、「来る一〇月二八日正午までに辞表を提出して円満に退職するよう勧告する。右期日までに退職の申し出のあった場合は、会社都合による退職の例による退職金、予告手当の外に餞別として基準賃金の三か月分を支給する。右期日までに退職の申し出のない場合は、通告書を辞令に代えて一〇月二八日付をもって解職することとし、退職金および予告手当を支給する。」旨の本件通告をなしたことは、当事者間に争いがない。以上によれば、本件通告は、昭和二五年一〇月二八日正午までに原告らにおいて退職の申し出をすることを勧告すると共に右期限までに退職の申し出がないという事実を停止条件とする条件付解雇の意思表示であると解釈すべきである。

(原告入交弘泰、同入交寿賀子、同大久保関係)

原告入交弘泰、同入交寿賀子、同大久保は、昭和二五年一〇月三〇日被告会社に対しそれぞれ同日付の退職届を提出したことは、当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、右退職届はいずれも「私儀今般会社の都合に依り退職致します」との文言であることが認められる。

≪証拠省略≫によれば、被告会社は昭和二五年一〇月三〇日右原告らの退職届を受理し、右原告らに対し(原告大久保については翌三一日)本件通告の所定期限までに退職届を提出した場合と同様の退職金、予告手当および餞別を支払ったことが認められる(右金額の金員の授受自体は当事者間に争いがない。)。≪証拠判断省略≫

以上によれば、被告会社は本件通告による解雇の効力の発生を主張しないで右原告ら三名の退職の申込を承諾したもの、すなわち雇傭契約の合意解約が、成立したものというべきである。

(原告鳥居、同遠藤、同平野関係)

本件通告を受けた原告鳥居、同遠藤、同平野は、本件通告にかかる前記期限内である昭和二五年一〇月二八日午前中に被告会社に対しそれぞれ同日付の退職届を提出したことは、当事者間に争いがない。≪証拠省略≫。によれば、原告鳥居の退職届は「私儀今般一身上の都合に依り辞職致し度此段御届け致します」、原告遠藤の退職届は「私儀今般会社都合に依り退職致します」、原告平野の退職届は「私儀会社の都合により退職致します」、との各文書であることが認められ、右退職届はいずれも本件通告にかかる前記期限内に前期勧告に応じて提出されたものであるから、原告らが右退職届を提出したことは、被告会社に対し雇傭契約の合意解約の申込をする旨の意思表示であると解釈すべきである。

もっとも、被告は右原告らにおいて被告の合意解約の申込を承諾したものというが、本件通告の文言は「来る一〇月二八日正午までに辞表を提出して円満に退職するよう勧告する」というのであるから、本件通告は原告らが自発的に退職の申出をすること、すなわち合意解約の申込をすることを勧告したものと解するのが相当である。被告の主張は要するに原被告間に解約契約が成立したというのであるから、原被告のいずれが右解約契約の申込をしたかの点について被告の主張と異る認定をしても差支えないものと考える。

≪証拠省略≫によれば、被告会社が昭和二五年一〇月二八日右原告三名の退職届を受理し、右原告らに対し本件通告にかかる第一明細書記載の金員を交付したことが認められる(右金額の金員の授受自体は当事者間に争いがない。)から、被告会社は右原告ら三名の退職申込を承諾したものと認められる。

(甲第二号証について)

成立に争いがない甲第二号証によると、被告会社はその社報に原告鳥井については「依願解職す」との用語で、その余の原告らについては単に「解職す」との用語を用いて原告らの退社を発表したことが認められるが、≪証拠省略≫によれば、原告鳥井のみが「一身上の都合により辞職いたしたく」との文言の退職届を、その余の原告らは「会社の都合により退職いたします」との文書の退職届を提出したため、被告会社においては、後者の用語による退職届については明確な先例もないところから、社報上原告鳥井に対しては「依願解職」、その余の原告らに対しては「解職」の用語を用いたに過ぎないものであって、この辞令上の用語の相違が原告らの離職の態様を決定する程の意味を持つものではないことが認められるから、前掲甲第二号証も原被告間に合意解約が成立したとの前認定を左右するに足りるものとはいえない。その他前認定を動かすに足りる証拠はない。

二  心裡留保の主張について

原告入交弘泰、同入交寿賀子、同大久保、同鳥居、同遠藤および同平野が前記退職届を提出してなした合意解約申込の意思表示はいずれも心裡留保である旨の原告の主張について判断するに、原告の右主張に副う原告入交弘泰、同大久保隆子、同遠藤九八各本人尋問の結果は採用できず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

かえって、次のとおりの事実が認められる。

1  ≪証拠省略≫によれば、本件通告当時、被告会社と組合との間に「被告会社は従業員の人事に関しては組合の同意を得てこれを行う」旨の労働協約があったところ、組合は昭和二五年一〇月二六日被告会社新潟工場で開かれた代議員大会において原告らに対する本件通告による整理も止むなしとしてこれに同意した事実が認められる。

2  ≪証拠省略≫によれば、本件通告直後、当時組合本社支部支部長であった児玉仁は原告入交弘泰、同入交寿賀子、同大久保に対し、当時組合品川支部書記長であった新妻泰夫は原告鳥居、同遠藤、同平野に対し、右三名の将来の就職のためにも、また退職金等の面でも有利であるからして、いずれも退職方を説得し、とくに、児玉仁は、原告らの中で最も強硬に本件整理に反対していた原告入交弘泰に対し、昭和二五年一〇月二九日午後原告会社四階下の踊り場で、当時の状況として解雇が止むを得ないこと、早い時点でよい条件で退職する方が得策であるから自主的に退職するよう説得し、原告入交弘泰もこれを了承するに至った事実が認められる。

3  ≪証拠省略≫によれば、原告らは昭和二五年一〇月二八日から同年一一月八日までの間において組合を通じて被告会社に対し、就職の斡旋、退職金の増額とその税金会社負担、住宅保障と移転費会社負担、住民税二、三期分の支給を要求し、原告入交弘泰、同入交寿賀子、同大久保は昭和二五年一一月二五日、原告鳥居、同遠藤、同平野は同月二七日、いずれも市町村税名下に別紙第二明細書記載の金員を被告会社から受領し、ついで、原告らは同年一二月一四日頃いずれも特別退職者慰労金名下に、原告入交弘泰、同鳥居、同遠藤、同平野は各一万円、原告入交寿賀子、同大久保は各五千円を被告会社から受領した事実が認められる。

以上の事実によれば、原告らは、昭和二五年一〇月二八日又は同月三〇日頃退職するも止むなしと考え、退職の条件をよくするためには退職届を提出することが得策であると考え、本件雇傭契約終了の真意をもって前記退職届を提出したものと認められる。

三  憲法第一四条、第一九条、労働基準法第三条違反の主張について

前認定の一、二の1、2、3の諸事実から見ると、原告らは被告会社から解雇の意思表示を受けたり、もしくはこの解雇の効力を争って法的な手段をとるよりも、退職届を提出した方が得策と判断したために前認定の退職届を提出したものと認めるのが相当である。

かかる動機に基づく原告らの合意解約の申込又はこれに対する被告会社の承諾の各意思表示は、思想信条による差別を禁止する労働基準法第三条、憲法第一四条に違反する筋合ではなく、また思想、良心の自由を保障する憲法第一九条にもかかわるところはないといわなければならない。

従って右各意思表示に錯誤、強迫等の瑕疵があったという主張、立証のない本件においては、右合意解約は有効というべきである。

四  合意解約の効果

以上の事実によれば、他の点の判断を俟つまでもなく原告入交弘泰、同入交寿賀子、同大久保と被告会社との間の本件雇傭契約は、昭和二五年一〇月三〇日、原告鳥居、同遠藤、同平野と被告会社との間の本件雇傭契約は、同月二八日、いずれも被告主張の合意解約の効果が生じ、終了したこととなる。

第三結論

以上のとおり、原告らと被告会社との間の本件雇傭契約は終了したこととなるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らと被告会社との間に雇傭契約関係が存在することの確認を求める原告らの本訴請求はいずれも理由がない。

よって、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚正夫 裁判官 宮本増 大前和俊)

〈以下省略〉

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